手つかずの自然が残る山
美浜駅から耳川沿いを南に、車で向かうこと約20分。新庄エリアが近づくと、三方五湖や日本海の景色とはうって変わり、広大な田畑から次第に緑の濃い里山の景色が広がっていく。
「新庄」は古くから若狭湾と滋賀県高島市マキノ町を結ぶ「粟柄越(あわがらごえ)」と呼ばれる古道があり、重要な交通路だった場所。
昔からこの地域では自然に対する畏怖と崇敬の年を抱いてきたことから祭りをはじめとした習俗に受け継がれており、天狗やキツネ、カッパなどが登場するユニークな風習も多い。
また、スギやヒノキが植林された山が目立つ日本では珍しく、新庄の山々は約9割が自然林。コナラやクヌギ、アブラギリなど動物の食べ物となる実を落としてくれる木々が多く、独自の生態系が残る場所としても知られている。
新庄では自然との共生を目指し、野生動物と人間が生活区域を分け合いながら暮らしてきた。しかし、暖冬の影響による積雪量の減少や耕作放棄地の増加などから、近年は一部の野生動物が増え農作物被害など深刻な影響を与えている。自然の生態系と里山の暮らしを守るため新庄には猟師も多い。
「ちょうどワナにかかった鹿がいる」と猟師の足立修一さんに連絡をもらい、止め刺しの現場に立ち会わせてもらうことになった。
動物と対峙する緊張の瞬間
足立さんが新庄に移住して10年以上が経つ。それまで狩猟とは縁がなかったが、地域で暮らし、何度となく狩猟の現場を見るなかで、自然の偉大さ、命の尊さに圧倒され狩猟免許を取った。
足立さんが新庄の山に仕掛けているワナは10ほど。毎日動物がかかっていないか、仕掛けたポイントを見回るのが日課だ。何日も放っておくとワナにかかった動物が傷つき、場合によっては死んでしまい、腐敗して食べられなくなってしまうことも。自分が獲った獲物は最大限おいしくいただくことが動物に対する礼儀でもある。
「ワナにかかっている動物はできるだけすばやく仕留めます」言葉少なに足立さんはシカとの距離をつめて猟銃を構える。ワナにかかっていても野生動物は最後の力を振り絞って逃げようとするので油断はできない。神経を研ぎ澄まし、一瞬の隙を狙って捕える。
張り詰めた空気のなか、銃声が響いた瞬間、シカはドサッと横たわった。
自然の恵みをいただく
素早い処置で山からシカを下ろした後は、耳川上流にある「渓流の里」へ向かった。イワナ、アマゴ等の渓流釣りが楽しめるスポットで、敷地内では魚のつかみ取りやバーベキューを楽しむことができる。
ここに隣接された「獣肉加工施設BON1029」は、狩猟や有害捕獲されたイノシシやシカを廃棄することなく、ジビエ肉として有効活用をはかる加工施設だ。先ほどのシカもここでジビエ肉となる。
「野生動物の肉は『においがきつそう』というイメージがあるかもしれませんが、鮮度を維持しながら解体するので、臭みもなく味も抜群です。シカはきれいな赤身でソテーやシチューに、イノシシは鍋や炒め物、焼肉などどんなお料理でもおいしく食べられるんですよ」と足立さん。
BON1029ではジビエ肉を購入することもできる。この味を求めてわざわざ買いに訪れる人もいるそうだ。
肉だけでなく、角はインテリアやオブジェに、皮をなめして雑貨をつくる人も。自然の恵みをあますところなく活用する。それが命をいただくということなのだろう。
「自然を守る、命をいただく、狩猟にはいろんな意味があると思いますが、私は原始的なレベルでの動物との対峙する行為だと思っています。自分自身の存在が常に問われる生業ですね」と足立さん。
自分が暮らす土地で動物を捕まえ、その肉を食べ自分が生きていく。猟師は、「人は自然によって生かされているのだ」と実感できる生業なのかもしれない。