若狭美浜ICから敦賀半島方面に向かうと、やがて視界いっぱいに真っ青な海が広がる。
敦賀半島の西側に位置する菅浜地区は、海と山に囲まれた自然豊かな地域だ。現在、約360人がこの地で暮らしている。
地区の中でもひときわ賑わっているのが、「菅浜わくわくかん」。
旧保育所を改築し、カフェと一時保育を併設したこの施設は、地域の憩いの場として親しまれている。
菅浜特産の
無農薬レモンとの出会い
お昼時になると、多くの人で賑わう「菅浜わくわくかん」のカフェ。ここで人気のメニューのひとつが、薪窯で焼き上げる本格ピザだ。地ダコやルッコラ、もろみなど地元の食材をふんだんに使い、中でも評判なのが、菅浜産の無農薬レモンを使用したピザ。
このピザは、地元で育ったレモンを丸ごと使ったソースをベースに、ゴルゴンゾーラとモッツァレラチーズ、レモンのスライスをトッピングした一品。ランチにも、デザート感覚でも楽しめる爽やかな味わいが魅力だ。
美浜町の特産物といえば、海産物やへしこを思い浮かべる人も多いかもしれないが、実は菅浜のレモンも隠れた人気の農産物。このレモンは、地区内にある「はーぶ&れもん園」で栽培されている。
建物の入り口に設置された手描きの散策マップを頼りに向かうと、そこはまるで楽園のような風景が広がっていた。
太陽の恵みを受けた
レモンとハーブ
「菅浜わくわくかん」から車で5分ほど北へ進むと、「はーぶ&れもん園」と描かれた手作りの看板が出迎えてくれた。
青空の下、一面に広がるレモン畑。この畑は、地域の人口減少によって増えた休耕田を活用したものだ。陽の光をたっぷり浴びたレモンの実は鮮やかな黄色に輝き、そよ風が吹くたびに爽やかな香りが広がる。
「ここで育てているのは寒さに強いリスボンと、オレンジとかけあわせたマイヤーレモンの2種類。マイヤーは普通のレモンよりも甘味が強くて形もまん丸なんですよ」
そう教えてくれたのは、「はーぶ&れもん園」を管理する榎本強さん。
訪れた11月はまさに収穫の最盛期。約180本のレモンの木から3000個以上のレモンが収穫され、ほぼすべてが美浜町内で消費されるという。
「ちょっと食べてごらん」
榎本さんのすすめで、ひとくち味見させてもらうことに。
最初はレモンらしいキュンとした酸味を感じるが、次第にまろやかな甘味が口の中にじんわりと広がっていく。
レモン畑のとなりでは30種類のハーブが育てられている。ここで収穫したハーブもお茶やジャムにして町内で販売されているそうだ。足元からタイムやベルガモットのほのかな香りが立ち上り、まるで自然のアロマに包まれているような心地よさを感じる。
大人も夢中になる
ツリーハウス
さらに「はーぶ&れもん園」の隣には榎本さんが山を開墾し、コツコツと作り上げていったツリーハウスがあるというので、見せてもらった。
かわいらしい絵が描かれた扉を開け、森の中に脚を踏み入れると、大きなツリーハウスとハンモック、ブランコが目に飛び込んでくる。しっかりと組まれた木の小屋は、まるで秘密基地のよう。ツリーハウスの上からはレモン畑が一望できる。
すぐそばには、頑丈な枝から吊るされたブランコがふたつ。大人が乗っても問題ない丈夫さで、地面を蹴るたびに、森の空気がふわりと頬を撫でる。
休日になると、地元の子どもたちが遊びにきたり、ツリーハウスの上でお茶会を開いたりするそうだ。
「遊びに来ると、子どもたちが『帰りたくない』って言ってくれるんです」
と微笑む榎本さん。
それもそのはず。大人でも夢中になってしまうような、魅力に満ちた空間なのだ。
地区の未来を残すために
生まれた協働体
このレモン畑やツリーハウスの誕生には、菅浜地区の未来に対する強い想いがあった。
菅浜地区では50年前と比べて区民の数が半数になり、高齢化が進んでいる。そんな状況の中で、地域資源を活かし、次の世代に地域の魅力を伝えるために2019年に発足したのが「菅浜わくわく協働体」だ。地区の景観を守り、地域の世代間交流や経済循環、絆づくりなどを目指して、20名以上のメンバーを中心に活動している。
冒頭に紹介した「菅浜わくわくかん」や、「はーぶ&れもん園」「ツリーハウス」も協働体の取り組みの一つ。他にも、ルッコラ栽培や炭焼き、近隣の山をハイキングコースに整備する活動や、月に一度開催される「だれでもウェルカム食堂」など、地域の活性化に向けた多彩な取り組みが行われている。
商社勤めを経て、定年後にハーブ栽培を始めた榎本さんも、協働体の立ち上げとともにレモン作りを手がけるようになった。
「レモンが育ったり、来てくれた子どもたちが喜んでくれたり、そんな様子を見るのが楽しくて続けているんです。特に耕作放棄地はすぐに獣に荒らされてしまう。70年以上暮らしている愛着のある場所だから、できるだけ手をかけながらこの景色を守っていきたいですね」
菅浜の人々が守る、
もうひとつの風景
「菅浜の人たちによって守られている、もう一つの景観があるんです」と榎本さんに教えてもらい、さらに山へと進んでいく。やがて視界が開けた瞬間、そこには見事な棚田が広がっていた。
若狭湾に面した港の集落から背後の山に拓かれた棚田は、山麓から尾根に向かって整備された田んぼが階段状に整然と連なっている。
広さは約26万6000平方メートル。地元農家でつくる菅浜棚田協議会と「菅浜わくわく協働体」が連携し、草刈りなど棚田の維持管理に取り組んでいる。こうした取り組みが評価され、2022年には福井県内で2例目となる農林水産省の「つなぐ棚田遺産~ふるさとの誇りを未来へ~」に認定された。
夕日がゆっくりと西の空へと沈み、
刻々と変わる陽の光が、棚田の一枚一枚を黄金色に染めていく。
思わず息をのむ圧倒的な美しさ。
しかし、この風景は決して“あたりまえ”にあるものではない。
受け継ぎ、支え合い、次の世代へとつなげていく人々の努力があってこそ、
私たちはこうして変わらぬ風景を見ることができるのだ。
10年後、20年後もまた見ることはできるだろうか。
未来への願いや希望を込めて、この光景を目に焼きつけた。