舟小屋で仕込む
冬の保存食「へしこ」
JR美浜駅から国道27号線を東に進み、海岸線へ。町内有数の海水浴場が集まる半島エリアを車で走っていると、菅浜海水浴場やダイヤ浜海水浴場、そして日本一の楽園ビーチの呼び声高い「水晶浜」が見えてきた。季節は秋の終わり、海水浴のシーズンはすっかり終わっているが、海には朝から波を待つサーファーたちの姿が多く見られる。
やってきたのは丹生(にゅう)地域。穏やかな入り江に佇む漁師町で、かつて港には漁船をしまうための舟小屋が多くあった。現在、ここでは冬の保存食として古くから美浜町に伝わる「へしこ」作りが行われている。
へしこはサバなどの魚介類を塩漬けにし、米糠に漬けて1年以上熟成させた発酵食品。その歴史は長く、江戸時代の中頃にはすでにへしこ作りが始まっていたといわれている。
日本海に面した美浜町は漁業が盛んだが、冬は厳しく、荒波や積雪の日は漁に出られないことも。へしこはそんな時の貴重なタンパク源として昔から家庭で作られてきた。美浜町では「へしこの町」として2005年に商標登録。町内各地でへしこが作られているが、作り手によってそれぞれ味や風味に個性があるのが特徴だ。
「丹生のへしこは舟小屋で仕込むのが一番の特徴。15年以上この場所で作ってきたけど、今まで一度も失敗したことはないのよ」と話すのは、へしこを製造・販売する「丹生酵房へしこ丸」の代表、新谷富子さん。丹生地域で「新谷旅館」を営む新谷さんは、2007年から近隣の旅館の女将仲間たち4人でへしこ作りを始めた。
木造平屋の舟小屋は夏でも涼しく、適度に発酵してサバの風味を残した味わいに仕上がる。毎年、この舟小屋で作られる約4000本のへしこは、吹き抜ける海風によって美味しさが増していくのだ。
独自の配合で子どもから
大人まで大好きな味に
この日は「樽上げ」の日。約1年前に仕込んだへしこを樽から取り出し、手際良く袋詰めしていく。いつもの女将4人に加え、この日はたまたま漁が休みだった地元の漁師さんも参加。作業をしながらも何気ない世間話に花を咲かせている。
樽から取り出したサバは身があめ色に代わり、糠とともに芳醇な香りが漂う。もともとへしこは大量の塩を使うため塩辛いものだったが、丹生酵房へしこ丸のへしこは塩分を抑え、マイルドな味にこだわっているそう。「塩漬けの時に出たサバの汁を沸かして、しょうゆや酒、みりん、酒かす、トウガラシなど加えてるんよ。配合もこれまで長年工夫してきたから、味は抜群。子どもから大人まで食べやすいよ」と女将さんたちはにっこり。
へしこは食べ方もさまざま。糠を取ってから軽くあぶってそのまま食べるもよし、お茶漬けやおにぎりの具に入れたり、アンチョビ代わりにパスタやピザに入れても美味しく味わえる。サバの旨味がたっぷり染み込んだ糠もお忘れなく。炒って乾燥させ、ふりかけや調味料として使う人も多いのだとか。へしこ料理は女将たちが営む旅館でも、もちろんいただくことができる。
「丹生酵房へしこ丸」のへしこは毎年10月〜翌6月頃に販売され、全国発送もしている。毎年出来上がりを待ちわびているファンが多く、直接丹生地区まで買いに訪れる人もいるそうだ。お酒の肴に、ごはんのおともに。海風の力でじっくり旨味が熟成されたへしこ丸のへしこを食べるたびに、女将さんたちのくったくのない笑顔に会いたくなる。