再生可能エネルギーで
湖上を進む遊覧船
「若狭なる三方の海の浜清みい往き還らひ見れど飽かぬかも」(作者不明)と万葉集にも歌われるほど、古からその美しさが知られていた三方五湖。2005年にラムサール条約湿地に登録、さらに2019年には日本農業遺産に認定されるなど、国際的にも貴重な景観が評価されている。
三方五湖は淡水・海水・汽水と水質や水深が違い、すべて濃さの違う青色に見えることから「五色の湖」と呼ばれる。梅丈岳(ばいじょうだけ)の山麓に続く全長11.24kmの道路「レインボーライン」の展望台から見下ろすことができるが、それぞれの湖で異なる景色や生態系をより間近で感じるなら、湖上をめぐるのもおすすめだ。
2023年4月に開業した「美浜町レイクセンター」は、遊覧船で湖面から風光明媚な三方五湖の景観を楽しめるほか、カヤックやペダルボート等のアクティビティも充実。三方五湖を航行する遊覧船は、ガソリンや軽油などの化石燃料を一切使わず、施設に設置された太陽光パネルから蓄電された電気の力で進む。環境保全の観点からも地球にやさしい再生可能エネルギーを活用して進む「電池推進遊覧船」は、国内初の取り組みで、湖上モビリティの新しい可能性が広がると注目を集めている。
早速船に乗り込んでみよう。遊覧船は久々子湖を出発し、浦見川を通って水月湖に向かう約8.8kmのコース。ガイドの説明とともにそれぞれの湖の歴史や自然を間近で感じることができる。電気で動くと聞いていた通り、船内は驚くほど静か。エンジンやモーター音はほとんど聞こえない。静かに湖を航行する様子が湖面を泳ぐ水鳥を想像させることから、レイクセンターの2隻の船には三方五湖に生息する鳥の名前がつけられている。
三方五湖には今もそれぞれの湖で伝統的な漁が行われており、船からはその様子を見ることができる。久々子湖を進み始めると、円形の囲いが見えてきた。「あれはぬくみ漁ですね」とガイドさん。里山から採集した木の枝を束にした「柴」を湖に沈める、通称「柴漬け」で、テナガエビや小魚を捕獲するそう。
人々の思いが
湖と湖をつないだ浦見川
さらに船を進めていくと、クルーズの見どころである浦見川が見えてきた。水路にかかる高さすれすれの3つの橋の下を通り、狭い水路を通り抜けていく。先ほどの穏やかな湖面とはうってかわり、まるでジャングルのよう。うっそうとした木々の中、船長は幅の狭い水路を巧みに操縦しながら進んでいく。
浦見川は久々子湖と水月湖をつなぐ三方五湖最大の人工水路。もともと久々子湖は上瀬川という川で菅湖とつながっていたが、江戸時代の初めに起きた地震で川底がせり上がり、河口がせき止められてしまった。菅湖とつながる水月湖、三方湖の水は海に流れ出なくなってしまったため、長雨のたびに氾濫。あふれ出た水によって湖畔の11の集落や田畑が水没するという甚大な被害を及ぼした。
そこで、小浜藩士の行方(なめかた)久兵衛が約2年の歳月をかけて浦見坂を開削。このゴツゴツとした岩肌は、のべ22万人もの人たちが人力で開削したものなのだ。浦見川ができたことで水位は低下し、三方五湖周辺には新しい集落が生まれるなど、三方五湖の現在の姿に大きな影響を与えている。
浦見川を通り抜け、三方五湖の中で最も大きな湖である水月湖にやってきた。久々子湖は水深2.5mほどだが、水月湖の最大水深は34m。ラムサール条約湿地である三方五湖は「野鳥の野外博物館」と言われるほど、カモやカワウ、オオバン、カイツブリなどさまざまな野鳥の姿を見ることができる。静かに動く船に気づいていないのか、水鳥たちは逃げる様子もないため、じっくり船内から観察できる楽しみもあった。
約50分のクルーズを終え、再び久々子湖へ。湖面から見る三方五湖は、山頂から見下ろす風景とは違った魅力があった。さらに季節が移り変わることで、見える景色も生き物も変わるのだろう。いつ訪れても唯一無二の風景が広がる三方五湖、次もまた、新たな景色に出会いたい。