「もう16年になるんですよ」。敦賀半島の西側、丹生(にゅう)地区で地元に伝わる発酵食「へしこ」を作り続けている新谷富子さん。「へしこ」とは、サバなどの魚介類を塩漬けにし、米糠に漬けて1年以上熟成させた発酵食品。海に近い美浜町では、漁に出られない冬の間の保存食として、昔から家庭で作られてきた。
丹生地区で旅館を営む新谷さんがへしこ作りを始めたのは2007年のこと。同じ地区で旅館を営む女将の仲間4人で「丹生酵房へしこ丸」を立ち上げ、事業化に至った。
へしこ作りを行うのは、丹生湾の入り江に佇む舟小屋。かつて船を格納していたこの場所で、毎年約4000本のへしこを仕込む。旅館が繁忙期となる夏場以外は、ほぼへしこ作りにかかりきりになるそう。宿泊客の対応や客室の掃除、食材の仕入れ、料理の仕込みなど、旅館の仕事をしながら、空いた時間を縫ってへしこ作りに勤しむ新谷さんたちは、大忙しの毎日だ。
「忙しいけど、この4人で集まっていろんな話をしながら手を動かすと元気が出るし、楽しいのよ」と新谷さん。樽を運んだり、へしこを袋詰めしたりしながらも、時折笑い声が上がるなど和気あいあいとした様子。聞けば、4人でへしこ作りだけでなく、一緒に旅行や山登りにも行くのだとか。終始楽しそうに話す姿から仲の良さが伝わってくる。
「みんなはたらき者で、70歳を超えても病気一つせず、しゃきっとしているんですよ。いつも元気よく動いているのが健康につながっているんでしょうね」
美浜の味を支えることをライフワークに、毎日をエンジョイしている新谷さん。こんな年の重ね方をしたいと思うほど、女将たちの姿が眩しく写った。
「へしこの味を次の世代に伝えたい」と挑戦を始めた二人がいる。日向(ひるが)地区の民宿の若女将である宮下いずみさんと高橋節子さんだ。
二人が2023年に立ち上げたのはへしこ製造販売グループ「ITOS(イトス)」。その前の年まで17年もの間へしこを作り続けてきた「女将の会」から、秘伝の味を受け継いでいる。
美浜町は2005年に「へしこの町」を商標登録。全国区の知名度を得た火付け役となったのが、日向の女将4人で結成し、毎年6500本のへしこを作り続けた「女将の会」だ。宮下さんと高橋さんの義母も女将の会のメンバーとして長年へしこ作りに携わっていたが、高齢のため、2022年末に活動を終えていた。
「母たちが長年、一生懸命へしこを作っている姿を見ていました。女将の会のメンバーは同業者なのでライバルでもあるけど、悩みを相談できる仲間。いつも楽しそうにしている姿を見ていいなぁと思っていました。
でもへしこ作りは重い塩や50キロ以上の樽を運ぶので、高齢の母たちには体力的にも厳しい作業なんです。女将の会がなくなるのは仕方がないことだけど、これまで守り続けてきた味がなくなるのはもったいないと義母に話したら『そしたらあんたたちがやってみたら』って背中を押してくれて」と宮下さん。
「私は5年前に日向に帰ってきて義母とともに民宿を営んでいますが、同世代の女将がいなくて心細いこともありました。そんな時にいずみちゃんから『一緒にへしこ作らへん?』って声をかけてもらったんです。
これからお互い、若女将として民宿をしっかりやっていかないといけない時でもあったので、相談し合える仲間がいて本当に心強いなと思いました」
と高橋さんも微笑む。
「ITOS」の名前は、「Inherit Traditional(伝統を継承する)」と「Okami(女将)」の頭文字に、複数形の「s」を組み合わせたもの。これまで女将の会で作ってきたへしこのレシピをもとに、メンバーであった義母たちからアドバイスを受けながら初年度は650本のへしこを生産。さらに「これまでへしこになじみのなかった世代にも美味しさを知ってほしい」とへしこを使ったレシピも開発している。
へしこの食べ方といえば、軽く炙って酒の肴にしたりおにぎりやお茶漬けにすることが多いが、ITOSの二人が用意してくれたメニューは、和洋さまざまなジャンルのへしこ料理。宿に泊まったお客様に食べていただき、感想を活かすことも多いそうだ。
「まずはたくさんのお客さんにITOSのへしこを食べてもらいたいですね。いろんなフィードバックをいただきながら、好まれる味や食べ方を追求して新しいファンを増やしていきたいです」と高橋さん。
「旅館業と両立しながらなので大変なこともあるかと思いますが、二人なので辛いことは半分、楽しいことは倍になります。ワークショップや動画配信などやりたいことはたくさんあるので、これから少しずつかたちにしていきたいですね」と宮下さんも笑顔で語ってくれた。